-MAP-

-入場無料-
開館時間 12:00〜18:30


会期延長決定!
5月3日(土)〜5月15日(木)
(5月7日・14(水)定休日)
らいふはうす のろ
※営業時間内開催

11日(日)から13日(火)
約70名のモデルさんは写真を各自で剥がしてお持ち帰りください。
残った写真は主催者が撤収いたします。





吉祥寺の街にはいろいろな音楽シーンが有ります。
井の頭公園や駅周辺での路上ライブ、ライブハウスでの演奏も毎日のように目にします。
また、年に一度の吉祥寺音楽祭も楽しみなイベントとして、
この街に定着してきたように思っています。

そんな音楽シーンにオーディエンスとして参加するようになり、
音楽と吉祥寺を愛する沢山の人たちと知り合い、
親交を深める中で、その人たちの写真を撮りたいと感じました。

写真家であり大学の非常勤教員として写真に携わっている私は、
吉祥寺商店街の人たちの大きなバックアップのもとに、
1994年、吉祥寺周辺の人たち三百人余りのポートレート写真を撮影し、
約200点の作品にまとめ、1995年2月、三鷹市美術ギャラリーで
「Photographs 1994 Musashino」を開催し、多くの人たちから喝采の言葉をいただきました。

この企画は、94年国際家族年にちなみ、家族を中心に、学校や商店、会社の仲間なども
大きな意味での家族と考え、真っ白な背景の中で撮影を行いました。
その第二弾として吉祥寺シリーズをまた行いたいと考えていました。

今回の企画では、吉祥寺の音楽シーンの中で知り合い、友達になった数十人に
モデルとして参加していただき、白と対極にある黒い背景で肖像写真撮影をしてまいりました。

吉祥寺音楽祭開催にあたり、この作品を展示していただき、
音楽アーティストのステージ上とは違う別の一面をご覧になっていただけたらと思っています。

                                 




(むらばやし まさお)
経  歴
1947年 三月、東京都渋谷区で生まれる
1955年 写真家の父、忠から写真の手ほどきをうける
1961年 資生堂「花椿」誌に海の風景写真が掲載される
1965年 日本大学芸術学部写真学科に入学
1966年 自動車専門誌「Motor Review」創刊に参加
1967年 資生堂写真部、梶原謹輔氏に師事
1968年 資生堂美容学校に入学
1969年 日本大学、資生堂美容学校を同時に卒業、資生堂美容室にインター生として入社
1970年 資生堂美容学室を退社、美容師国家試験に合格。美容師免許を取得
1971年 平凡出版(株)[現:マガジンハウス] 社員カメラマンとして入社
「平凡パンチ」を経て「POPEYE」 「BRUTUS」 「TARZAN」の創刊に参加
多くの海外ロケを手がける
1973年 「ペンタックスギャラリー」(西麻布)で家族展『父と母と息子たちによる写真展』を開催
二代目英太郎カラー作品15点発表
1993年 「Photokio」(銀座)で個展『村林眞叉夫作品展』を開催
女性の身体の部分で構成したモノクロ作品18点を発表
1994年 「三鷹市美術ギャラリー」で『Photographs 1994 Musashino』を開催
200点以上の家族の肖像を撮ったモノクロ写真を発表


「三鷹市美術ギャラリー」
『Photographs 1994 Musashino』


2003年 マガジンハウスを早期退職
雑誌「Pen」エディトリアル、タイアップ広告撮影、現在に至る
2006年 雑誌「ELLEDECO」エディトリアル、タイアップ広告撮影、現在に至る
東京造形大学非常勤教員、現在に至る
「富山市福沢地区コミュニティーセンター」で招待作家として『村林眞叉夫写真展』を開催
20数点のカラー風景写真を発表
2008年 『My Friend』〜吉祥寺の音楽仲間たち〜 モノクロ肖像作品の発表を準備中
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